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福岡高等裁判所 昭和24年(つ)164号 判決

被告人

姜泰慶

主文

原判決を破棄する。

本件を熊本地方裁判所八代支部に差し戻す。

理由

前略

弁護人山崎信義控訴趣意第一点、

被告人同第二点に付いて原判決の記載によれば原審は証拠に基き被告人は昭和二十二年十一月頃から同年七月二十日迄の間孰れも数日中に返済する約束の下に数名の他人から金品を借り受けながら右債権者等が被告人が居村に引続き居住し誠実にその支拂を爲すものと信用していたのを奇貨とし、同年七月二十四日頃右債権者等のすきに乗じ無断で前記住居を立退いてその行方をくらましよつて右債権者を欺罔して右各債務の支拂を一時免れて財産上不法の利得を得たものだと言う事実を認定し之に刑法第二百四十六條第二項を問擬したこと明瞭である。即ち不作爲に由る同條第二項の詐欺罪の成立を認めたものであるが凡そ不作爲による犯罪の成立には該不作爲に対應する作爲義務のあることを要件とし且右の義務は直接法令に基くもの乃至法の精神に由來するもの又は契約乃至慣習に基くものであることを要し單なる道義上の義務では足りない。今本件に付いて考察すると原判決には義務の内容を示してないが行文上判示の如き債務を有する被告人が居村を立退くに当つては宜しく債権者等に事前にその旨告示すべき義務あることを言外に認めているようである。

しかしながら債権者との間に予め左樣な約束でもない限り右の樣な告知義務は今日のところ未だ德義上の義務に止つて不作爲による犯罪成立の要件である前示義務には当らないと解するのが相当である又刑法第二百四十六條第一項の詐欺であれ、同第二項のそれであれ荀も詐欺罪の成立する爲には犯人の欺罔行爲(不作爲を含む)により被害者に瑕疵ある意思を形成せしめ因め被害者をして犯人の財物の不正領得又は不法利益の享受に或程度参與せしむること並に右欺罔と瑕疵ある意思の形成、参與と不正領得又は不法利益の享受の間には順次に因果関係あることを要件とすること言を俟ないところである。しかるに本件の場合にては被告人の無断退去(本件の犯罪行爲)は被害者にとつては全く寢耳に水でこれによつて被害者の瑕疵ある意思が形成された訳でないのは勿論被害者の意思に基く前示不法利益の享受への参與は全然ない。仮に被告に於て退去に当つて日頃の被害者等の自己に対する信用を利用して一時債務の支拂を免れる爲身を隠す意思があつたとしてもそれは丁度人を欺罔して注意を他に轉ぜしめその隙に乗じて財物又は利益を取得した場合(此の場合には窃盜罪の成立することはあるが)と同樣詐欺罪の成立する余地は全くない、原判決は罪とならない事実に有罪の判定をしたが或は少くとも理由不備の違法があり、この点に於て破棄を免れない。

本論旨はその理由がある。

以下省略

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